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2016/06/09 新しいものとは何か+カエルくん

文学 雑記

 たとえば小説の話であると、公募の新人賞に応募するのだが、どういったものを書くべきか? 新しい価値観、新しい文学観、新しい文章表現ないしは文体、新しい構造……等々を持つ小説。

 じゃあ新しいそれらって何っていうと、わからない、こっちが教えてほしいくらいだ。そしてわかった、という人がもしもいる場合、絶対に他人に教えないだろう。宝くじ1等当選と同等の価値であるからして。
 構造主義以降、いろんなものが出てきてナラトロジーなんてものも出てきて、わかってきた事は、小説の構造、いや物語の構造においては、何百年も前に既に出尽くしている、という事だ。(ここで私はロシア・フォルマリズムがやった、異化作用、とまで行かないなら文体を衣装のように使えばいいんじゃないかと思っているのだがそれは措く。)
 それでも既存の作家や、未来の作家たちは、新しい〈はず〉の小説を書いていかねばならない。どうすればよいのか?

 

 私は日本近代文学方面で大学院にいたから、文学部の論文やレポートの話ならできる。文系の論文の準備や書き方はたぶんどの学部や専攻でも同じだろう。実験をする理系の人やアンケート調査などする心理学科の人の論文はやり方は全然知らないからそれは措いておいて。
 まず研究する対象を選ぶ。日本近代文学の範疇で学術論文を書こうと思った場合の、最難関の一つと言って良い芥川龍之介作『羅生門』にしてみよう。

 

論文を書く準備
1-1 原稿用紙と万年筆。あるいはワードプロセッサ。あるいはパーソナルコンピュータを手に入れる。
1-2 『羅生門』を読む。何度も何度も読む。

 

2-1 芥川龍之介全集を全て読む。随筆や俳句や書簡まで全て。芥川龍之介羅生門を書く前、書いている途中、書き上げた直後、書き上げて数年後、自殺する寸前など、直接羅生門に関係しなくとも彼の考えていた事を可能な限り追体験して知識として備える。質疑応答向けの防御策である。
2-2 今昔物語を読む。現代語訳のついている小学館の古典文学体系でもいいが、岩波の古典文学体系ではなかった、とバレた瞬間点数が50点ほどマイナスになる。うまく誤魔化すべし。

 

3-1 『羅生門』発表当時の同時代評を集める。現在ではゆまに書房より、便利な同時代評集が出ているが、あれは完璧ではなく若干の漏れはある。本気でやるなら国会図書館などに行く必要がある。それと鼻や芋粥などの論文に顕著だが、夏目漱石芥川龍之介へ向けて送った書簡も重要な資料になる。まあ、この夏目の評から論を起こす事が結構多いと思うので、自然、夏目漱石全集も読破しないといけなくなる。
3-2 芥川龍之介単体の作家論、羅生門の作品論にはどんなものがあるか調べるために『芥川龍之介研究史』(積み重なった先行研究を整理して列挙しただけの代物だが、それだけで一冊の本になり、著した人は単行本発刊という名誉を得る)[(本の名前適当、ちゃんとしたの忘れた)]を読む。
3-3 めぼしい論文を30点ほどには絞る。それ以上は生涯を賭して『羅生門』研究すると決めた人の道なので、そこまでではないなら30点ほどでよい。やれるなら50点かそれ以上読むべきだが。

 

4 先行研究、参考文献を集める。むろん、単行本にだけ収まってくれるわけもなく、学会誌、大学紀要論文にもあたらなければならない。利用できる大学図書館や近所の図書館に目当ての紀要論文等がない場合が必ずある。そうした場合CiNiiで、在り処を探す。(必ず、絶対に、第一次の文献にあたる事。孫引きは失格。)中々見つからないなら国会図書館
※先行研究のここで注意するが、羅生門は中学高校の国語教科書に必ず載っている。よって教材としての研究も星の数ほどある。「日本文学協会」という国語教育に特化した学会のものも当然読みこなす。この、教材に使われてもいる、というのが羅生門研究ではうざったく、難しい所である。

 

 これで準備は整った。本題、新しいもの、文学研究の場合は《新しい解釈や指摘》となる。
 1~4の作業をして文献を読んでいけば、恐らく99%の若き研究者達は次のようになる。
 しくしく泣き出すかもしれない。ビービーうるさく泣きわめくかもしれない。あるいは出奔してしまうかもしれない。あるいは仏門に入るかもしれない。あるいは書を捨てて町へ出てまだ陽が高いにも関わらず新宿のしょんべん横丁などの居酒屋に行くかもしれない。あるいは重い大うつ病性障害を発症し入院させられるかもしれない。あるいはヒモなしでバンジージャンプするかもしれない。
 何故って、自分が論じようとした事柄が全て、本当に全て、ことに羅生門などという研究者の間でのスーパーベストセラーの場合は針も通せないほど全てが既に書かれているからだ。
 印象批評めいた、誰でも思いつくような『羅生門』の解釈は既に膨大な数でもってして書かれている。近代的自我とかエゴイズムとか、そんなもの1000を超える。穿った見方を試してみる、それも書かれている。小説内の文章を文節に分けるなどして、徹底的に国語論的な文章構造を調べる、みたいな何がしたいんだという方法をとってみる、それも既に書かれている。ヤケクソで「文学理論」を強引に当てはめて新解釈を試してみる、主に作者の死、書いた人間には死んでもらって、テクスト論の立場から、様々な理論を応用する。残念、それも99%やられている。
 まだやるつもりがあるなら、もっと時間をかけ、何か、何でもいいから、まだ言われていない事、まだやられていないものを探す。
 そう、新しいものとは、《まだやられていないもの》、である。考えてみれば当たり前の話だが。当たり前がわかっていても、見つけられないから大いに悩む。

 

 小説創作の話へ戻る。
 こんなに苦労しても《まだやられていないもの》を見つけ出すのは容易ではない、というか根本的に不可能かもしれぬ。調べあげたって無理だ。国会図書館が所蔵するものを全て読むには人間の一生は短すぎる。
 完璧な《まだやられていないもの》は見つけられないので、《まだやられていないもの》っぽく見えるものを探す事になる。これもマジメにやったって報われない。頭で考えて狙ってやってみたものほど、全然新しくなかったりする。
 それじゃあ、どうすればいいかというと、何でもかんでも全てにおいて《天邪鬼》になってみるしかない。とりあえず、社会や世間が持つ文脈にあえて逆らってみる。常識を疑うんじゃなくて、非常識な事を考えたりやってみたりする。大勢が支持するなら反対し、大勢が反対するなら賛成する。常に常に、真逆の方向で考えるように脳みそ改革をする。要はギリギリの理性を保った上でのキジルシになろうという事。
 みんなと違う方をいつも向いてみよう、といった感じ。行進とかでね、みんな前へ進むのに自分だけムーンウォークで後方へ後ずさってみるとか。バカでしょう、ってなるけど絶対に目立つでしょう? 悪目立ちになるけど、目立ちはする。こんな事、誰もやらないから。こういうバカな事でもやり続けるといつしか評価してくれる人間が出てくる。評価される時がやってくる。
 このバカな程の天邪鬼が〈新しいもの〉の代替物になるかは、時の運だ。とにかくみんながあえて避けている事をあえてやってしまえば、〈新しいもの〉っぽい事も極稀に出来るだろう。
 脳みそ改革が出来上がったら、狙いなどつけずに書きたいように書いてみる。何故ならもうその脳みそは非道徳的にイカれているからだ。恐らくたいていのものは、何だこれはけしからん奴だ、と捨て去られる。人間の集合体が共有している何かに全て逆らっているので、全人類に喧嘩を売っているようなものになるからだ。
 だが100回喧嘩を売ってみると、1回目なのか10回目なのか99回目なのかは不明だが、奇跡的に「これは全く新しい小説だ。このような価値観、文学観、文章文体表現、構造は見たことがない!!」という現象が起こる。
 この奇跡的な現象は私の推測では毎年起こっている。新人賞受賞作決定という形で。

 

 犯罪になるような事だけは避けておいて、それ以外の全ての事象に対し《天邪鬼》でいるべし。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、のだが、その下手な鉄砲の種類は、主流のライフルではダメだ、一発も当たらない。コルトM16シリーズやカラシニコフなんて絶対にダメ。何故当たらないのかは私は知らないし、わからない。ただ、何度撃っても当たらないと経験したので私は主流のライフルを捨てた。
 そうしたら小さな文学賞をやっと貰った。
 明らかにおかしい、絶対に狂っているライフル。標準を合わせているのに弾が上下左右に飛んで行ったり、あるいは暴発して撃った人間が負傷するかもしれないような、クレイジーなライフルを手に入れるべきである。クレイジーな弾道で、外したかに見えても跳弾で的に当たるかもしれない。
 まぐれに賭けてひたすらに発射しつづける。発射する弾数は、日本人の場合は80~90発はあるはずだ。1年に1度撃つという計算をするなら。100発撃てる人だって、この頃はよくいる。
 私の手に入れたライフルは、かなりクレイジーな代物だがまだまだだ、もっと狂えるはず。もっともっと、値がつかない程の不良品のライフルを、私は今も探している途中である。 

___
 うーん、まだ考え方が甘い。これじゃただの博打論だ。やはりロシア・フォルマリズムを真剣に、追える範囲で追いたい。あれは再評価が始まっているがもっと評価してもよいと思っている。

 ウォーキング。
 今日はちゃんとウォーキングをやった。今日は前回とは反対の方へ歩いた。
 3.38km、3910歩。なぜ記録が下がったのか。坂が多かった、まるで中山競馬場のように。だからかな。20分20分の40分でやったのだが。雨が降ったらやらないので明日は休み、にするかも。
 ついにというかやっと、我が家の眼の前、あぜ道一本挟んだ田んぼに水が入った。前橋市のまあまあな住宅街なので意外と田んぼは少なかったりする。この我が家の前にある田んぼも今でこそ小学校の校庭くらいになってしまったが引っ越してきた当初は広大であった。お百姓さんの方で代替わりしたのかな、宅地転用されて10階くらいある中規模マンションがいくつか建ったし、建売もされて一軒家も何軒か新しく作られた。田んぼはどんどん狭くなっている。だけどカエルの数はあまり変わってない気がする。
 今もアマガエルが嬉しそうに鳴いている。これから雨予報だし尚の事、嬉しいんだろう。アマガエル達は我が家の庭から水が入った田んぼに引っ越したようだ。さかんに鳴いているがまだ十数匹という感じ。可愛らしい。
 しかしこれが繁殖期になると凄い。私の部屋はまさにあぜ道挟んだ一番田んぼに近い所にある、二階だが。遮るものが窓ガラスしかないので、数百匹はいそうなカエルの大合唱が安眠妨害をしてくる。一匹だけピョコンピョコンとやっているととてもかわいいんだけど、群れのようになっちゃうと少しイラッとくるものがある。田舎者の悩みだ。

2016/06/08 12年前の自由口語詩+iPod壊れた

文学 雑記

 日誌、日記というのは、その日あった事考えた事を残しておくHDDなのだけど、今日はちょっと1ヶ月前は何を思っていたかと過去ログを探っていたが、一つ気付いた。

 日にちだけの題名だと振り返る際、非常に難儀する。ランダムに開いたページが何月何日でこういう事を書いていたんだ、という楽しみ方もあるけども、うん、わかりづらいわ。
 ということで凝った題名はつけず簡単なもので良いから題名はつけようと思った。

 

 今日は題名が二つだが、まずはiPodの話から。
 雲行きが怪しく、夕方には雨が振りそうだから早めにウォーキングをしてきちゃおうと思った。お連れはiPodである。何かを聞きながら歩く。そのiPodクラシック80GBを、家から出発する際、手元が狂って本体を固いコンクリの上に落としてしまった。全く動作しなくなった。
 ウォーキングどころではなく、しようがないので家に帰り自室に入って、何とか修理しようといじったが内部データ破損ではなく、本体機能が完全にぶっ壊れていた。iPodクラシック80GBは、確か2010年だか2009年に買ったもの。6年ほど頑張ってくれたなら、まあいいかと機嫌を直して、応急処置をやった。iPhoneiTunesを同期させた。
 6/15に、障害年金の13万円が振り込まれるので、そこでiPodnano16GBを買おうかなという感じ。iPhoneはそれまでの繋ぎ。

 これは人によると思うんだけど携帯通信機器(ガラケーでもスマホでも)についているウォークマン機能はなるべく使いたくない。今だとスマホひとつで通信も音楽も、が主流なのかもしれないが、イヤホンのコード、ぐるぐる巻きにするじゃないですか、それをスマホでやっちゃうと操作できないでしょ、だから携帯通信機器と音楽プレイヤーは別に持っておきたい。いや使い方はわかるよ、音楽聞く時だけイヤホンコード差すんでしょ? でもそれ毎回って億劫じゃないか。

 曲だけで約2100曲、12GB入っていたのでその容量をiPhoneに食わしっぱなしもマズイだろう。iPodnano買ったらスマホの方に同期させた奴は全部消す。

 

 さて、もう一つは散文詩。いや自由口語詩なのか。散文詩っていうとランボーとかツルゲーネフになるんか? とすると自由口語詩か。
 私の創作の原点は自由口語詩だった。2ch詩・ポエム板は十年ほど前までは結構賑やかな板だった。みんな詩を書いていた。そこで私もやっていた。高校1年2年まで、かな。3年生の時に中退して、通信制高校に編入して高卒を得てから大学受験してM大に入ったので。忙しかったし人生でここまでの危機は初めてだ、くらいの窮地で毎日ハードモードだったから精神に余裕がなかった覚えがある。
 その自由口語詩は、何回も現代詩手帖に応募していて、たった1回だけだけど、掲載された事がある。書いていた詩が物語性を帯びていき、これは小説の方が向いていやしないか、という事で小説に移った。
 今でも書けるとは思うけど、どうかな、ここで反復法使うとか直喩ではなく暗喩でとか、一連と三連、二連と四連の冒頭は音の数を揃えるとか、そういう謂わばレトリックの感覚を取り戻すのに時間かかりそう。ずっと詩を書いている人は凄いと思う。私がよく「一文の切れ味を持つ小説家」と形容する作家、たとえば長嶋有ね、あの人も詩じゃないが俳句やってるでしょう。江國香織とかも誘って。だから散文の小説でもアフォリズムがやれるんだろうな。
 坪内、二葉亭以降の作家たち、硯友社文学は措いておいて、自然主義文学になるのか、藤村とか花袋とか、元は詩から始めたように、やはり文量少なめの詩からステップアップで長い物へって意外と伝統あるんじゃないかな。室生犀星は両立しちゃったけど。この頃だと町田康になるのかな。
 今回載せるのは2004年12月26日、私が17歳の時に書いたもの。12月18日が誕生日なので17歳になりたての頃のものである。まだ読める範囲内なはずだ。これ以下のアホみたいなポエムはいっぱいあるが。ちなみにこの詩は、2ch詩・ポエム板有志で作る年間傑作選の一つに選ばれて掲載され、文フリで売られた。


「めがね」

ずっとまえ ぼくはとてもめがよかった
とおくのとおくのほうまで
ぼくはみえていたよ
そこにはないものまで
ぼくはみえていたよ

 

おとうさんとおかあさんはとてもめがわるい
ぶあついめがねをしていた
「おとなはみんなめがわるいんだよ」
ってわらいながらいった

 

ぼくがゆびさすところ
「ほら みえる?」
「ぜんぜんみえないなぁ」
おとうさんとおかあさんは
ぼくのしらないめがねやさんで
めがねをいくつもかえたけど
ついにあきらめてしまったよ


ぼくもたんじょうびのけーきをたべるたびにめがわるくなった
とおくのとおくのほうまでは
まだみえるけど
そこにはないものまでは
みえなくなったよ

 

ぼくはいつのまにか
めがねをかけてた
まだちっちゃくてうすいめがね

 

おとうさんとおかあさんにきいてみた
「めがねをはずさないの?」
「はずすとなんにもみえないんだよ」
「はずすのがとてもこわいの」

 

めがねは
だんだんあつみをまして
ぼくのめは
だんだんみえなくなっていく

 

ねぇ おとうさん おかあさん
めがねをはずして
ぼくをみてよ

 

ぼくがみえる?

2016/06/07

雑記

 言った通り、ウォーキングをしてきた。午後2時50分から午後3時30分まで。本当はこういう運動は時間ではなくて、距離でやるべきものなんだろうが、体育施設の整った学校などではなくただのサイクリングロード(遊歩道)なので、行きに20分、折り返して20分の計40分にしたのだ。

 これがあんまり良くないのは、行きはよいよい帰りはこわい、と言ってしまうと多分意味が違うんだろうけど、つまり行きの20分は元気だからぐんぐん歩いていけるけど、帰り道は疲労しているので苦労しちゃうというのがある。現状、このやり方しかないのでこれでやるけども。
 iPhoneのヘルスケアの記録では、距離4.17km。歩数は4451歩だそうだ。多いのか少なくのかわからん。ただ久しぶりに身体を動かしたので爽快感はあったけど家で休んでいたら強大な疲れがやってきた。これをね、土日はやらないとして、後は晴耕雨読といった感じで、平日は雨が降ってない限りはやる、と決めた。

 

 さてさて。夕飯後、個人的に懐かしいメンツとスカイプをやった。
 メンバーは
・都内国立T大学大学院総合文化研究科言語情報学専攻のA氏(まだマスター)
(もうここまで言うとわかるか、日本で一番の大学ね)
・都内私立M大学大学院文学研究科独文学専攻のB氏(こいつはドクター)
・都内私立R大学大学院文学研究科史学専攻(の修士号とった所で世界旅行に行き、去年戻ってきた)C氏

 現都知事の話題がなぜか盛り上がった。お前らそんなに政治好きだったかと思うくらい。それで私の持論なんだけど舛添さん悪くはないでしょ、と水を向けたら、三人が私を置いてけぼりにして熱い議論を発展させた。聞いていた限りでは確かに現都知事は違法性がないがしかし政治家としての……といった事を学術用語使いまくりでやりあっていたので、私は割って入るのを諦め、暇つぶしに舛添さん激励文を書いていて、書き終えたので、ファイルを上げた。これが好評価だった。
 私は群馬県。A氏は都民。B氏は千葉県。C氏は石川県。(なんでそんな所にいるんだ、お前の実家埼玉だろ、となったが私以上の自由人なので不思議ではない)
 それで、東京都のHPには都民の声を募集しているとある。原則、都民でないと意見言えない。そこでT大学大学院のA氏が代表して激励文を出す事になった。
 今の私の手元にあるのは、私がちょろっと書いたプロトタイプで、A氏が自分で推敲してから都のHPに行って送信する事に。まあ言葉遣いなり表現なりをかなり赤入れられて推敲したろうが、大筋は4人全員で良しと言われたので大して変わらんだろう。それが以下のものだ。あくまで遊びですよ?

___
『第19代東京都都知事舛添要一殿への激励』


第19代東京都都知事舛添要一殿

 不必要な記者会見、および調査の連続で大変お疲れになっているのではと心配しております。くれぐれもお体を大切にしてください。
 さて、今般の政治資金をめぐるマスコミとの攻防でありますが、一部不適切と知事自らお認めになりました。が、しかし、違法性は全くもってして皆無の事案でございます。
 でありますので、謝るべき事は一切なく、また頭を下げなければいけない理由は一つもございません。
 全国の首長の政治資金の使用方法につきましては、神奈川県横浜市市長林文子殿のヘアメイクの代金を政治資金で賄ったとの報道もされ、ほとほと呆れるばかりです。横浜市を代表する女性市長は貧相でだらしない格好をして公の場に出よとでも言うのかと慄然としました。
 潔癖さ、無茶な高潔さ、それへの厳格な要求。自らを棚に上げて高度な道徳倫理モラルを矛に攻撃する、これは東京都民に限らず日本国民の病であるとさえ思われます。明文化されていない道徳倫理モラルを他者へ押し付ける行為は傲慢と言って差し支えありません。
 しかしながらこれもまた、国民都民みながそうとは限りません。むしろ少数派で、ただ単に発している声が大きいからよく通るだけといった解釈も可能であります。

 日本は法治国家でありますから法律に触れない限りは何をしようと自由であります。
 一方でまた地方自治法では解職を請求できる権利としてリコールを有権者は持っております。このリコールが成立するとは思われません。その場合の解釈は、都民全体としては貴方に都知事を続けて欲しいという意志表示になります。
 またそもそもリコール実施がなされないのであれば、都民全体としては解職を要求していないという意志表示になりえます。
 
 ここからは私の個人的な要望でありますが、知事が弱気を見せ、平謝りするのは見ているこちらとしても不愉快です。なぜなら謝る必要がないからです。
 元都知事石原慎太郎氏や、元内閣総理大臣小泉純一郎氏のように、ご自身を信じ、強気を見せつけて誤った批難など気にせずに任期内の都政運営に邁進していただきたいと存じます。
 今回の騒動で訂正すべき若干の箇所については訂正し、その後は都政において強力なリーダーシップを発揮していただき、ご活躍される姿を私は望んでおります。
 今後も、まさに日本人的とも指摘できる陰湿な批難が集中するかと思われますが、気を強く持って、来るべきオリンピックも含め、これからの都政をよろしくお願いいたします。
___

※意見には個人差があります。

2016/06/06 競馬回顧:儲けの出しにくい一日

競馬

 梅雨入りしたと競馬中継の司会がレース間の繋ぎの雑談で話していて、それ聞いて初めて知るという。

 私、ニュース見るよ、と言っておきながら実は昼飯夕飯で階下に降りて食事する時しか見ないのです。絶対にNHK。これは書かなかったけれど、私はCMが苦手。うざいでしょアレ。だから地上波ではなるべくNHKしか見ないのだ。

 

 芝レースは東京で二つやっただけなんで主にダートなんだが、今日はガチガチ固めな配当と、とりづらい万馬券の中でも倍率高すぎな配当と、どちらかしか来ない日だった。その中間、50~70倍辺りがほぼ来ていないんじゃないか。
 だから一つも当たらなかった人は皆無でみんな何かしら当てたろうが、回収率で100%超え難しくない? という一日だった。

 

 東京を5つ、阪神を3つ、計8レース。3連複一頭軸流し相手6頭15点。
 購入1万2000円、払戻3660円。回収率30.5%。
 (ちなみに土曜日も入れると購入1万5000円、払戻7220円の回収率48.1%。)
 的中、東京8R、東京12R、阪神10R。的中率37.5%。

 

 東京7R、3歳上500万下ダ1400m、外れ。
 (なお以降は3歳上は表記しない。2歳馬達の500万以外は全て3歳以上なので)
 軸抜け、ディスティンダリア(石川)が最後交わされて4着になりタテ目。まあ、降級馬のスールキートス(吉田豊)を軸にすれば当たっていたが、配当36.2倍では妙味がない。この降級馬に交わされなければ当たっていた。東のユタカとはどうも相性が悪いんだ。
 東京8R、500万下ダ1600m、的中、ガミ。
 1,3,2番人気で決まった、横山親子を勝春が抑えこむというレース。4着馬は買っていなかったので、この結果でないと的中せずだったのだがそれにしても固い。こんな感じのレースが多かった。
 東京9R、ホンコンジョッキークラブトロフィー(500万下芝2000m)、外れ。
 ヒモ抜け。まさか10頭立てで外すとは……。だから芝は嫌なんだ。抜けたのは3番人気3着のフジノサムライ(内田)。5番人気2着のディリジェンテ(津村)の方は買っていたという。
 フジノサムライは1000万下走っていた降級馬とはいえ、クラスを昇級させたのは地方門別競馬の勝ち鞍で、芝を試してもダメダメな馬としか見られないので何で3着に来たんだろうと今でも不思議。シンガリ負けすると思っていた。ここは配当25.3倍、妙味なし。
 東京11R、安田記念(GI、芝1600m)、ヒモ抜けの外れ。
 これは大変な事になった。モーリスを1着固定していた人は大丈夫だろうか、頼むから電車をその身体で止めるな。鉄道自殺はやめよう。
 それはさておき、モーリスは折り合い全くつかず、道中口を割って、かかって前へ前へ。鞍上のT.ベリーも4角回る時には頭がカックンカックン上下していて馬が全然戦闘態勢になかったという感じか。こんなバカみたいな状況で2着したのは地力の高さである、なぞと、そういった声が聞こえてくるがこのクラスの世界で戦って通用する馬は、所詮は競馬2流国であるホームの日本で負けてはいけないだろう。
 さらに深刻だったのがリアルスティール。適距離ではないマイルとはいえ、ブービー負けはヤバイだろう。宝塚記念に出るのかな、買えないだろこれ。ちょっと馬体の故障など心配してしまうレベルだ。大丈夫だったのかな。
 逃げ切ったロゴタイプレッドアリオンが出負けしたとか好条件揃ったがしかし古馬の東京マイルGIを逃げ切るとはね。私の中では東京でロゴタイプを買う気はしない、中山なら話は別だが。ここは149.9倍。
 東京12R、三浦特別(1000万下ダ1600m)、的中。
 着順結果としては1→2→7番人気と入ったのでやっと小波乱をとれたぞと思ったら19.6倍しかつかない。これではやはり一日の負けは取り返せない。

 

 阪神8R、500万下ダ1800m、外れ。
 軸抜けヒモ抜け大惨敗、それもそのはず配当は1683.1倍、16万円馬券。軸はネオヴァリアント(松山)。先行で決まる競馬だと思っていたから4角通る時は手応えありと思ったら差し競馬になってしまった。阪神は京都と違って上がりがかかるので、比較的差しを狙いやすいんだが、ここまでのはちょっと。
 阪神10R、加古川特別(1000万下ダ1800m)、的中、トリガミ
 軸ミツバ(松山)。4着のメジャーシップは切っていたのでこの2→1→3番人気の入着でないと当たらなかったんだけどガチガチすぎる。
 阪神12R、500万下ダ1400m、外れ。
 軸抜けヒモ抜け大惨敗、今日2度目。軸にしたのはリヴァイバル(菱田)。直線入って全く伸びない、逆にスピードダウンしていく。鞍上菱田は悪くない、馬自体がおかしかった。故障でもしたか気分最悪で走る気なかったのか。でもこいつ1番人気の馬なんだけどね。
 番手の競馬で粘ったグルーヴァー(荻野極)など、1400mは差しで挑む私には向かなかった展開。それは他の馬券購入者も同じだったようでここは274.7倍ついた。先述したクルーヴァーが、16頭中14番人気なので、もう勝手にしやがれ


 ほろ苦い阪神競馬開幕戦になった。梅雨入りしたらしいので(競馬中継によると)、今日も朝方雨が降って馬場がちょっと悪かったんだけど、これから梅雨明けする海の日辺り? までは雨だからどうこうも言ってられない。降雨の重馬場得意な血統や馬もいるのでそれも予想の対象になる。まあ、とにかく、今日はね、もう少し中波乱が起こって、私の買っている馬券の範囲内で荒れて欲しかった。

 

 来週は土曜に重賞なしでたぶん手を出さない。東京でエプソムカップ阪神マーメイドS

 

 この頃、あまり文学の話を書いていないのは、ドストエフスキーの白痴がまだ終らないから。夕食後にインスタントコーヒーのブラック濃い目を2杯、続いてレッドブルを投入し、仕上げにamazonで輸入したカフェイン錠剤200mgも一つ飲んだ。カフェイン中毒になりそうである。日付の変わる今になっても眼がギラギラしていると思う。
 今日と明日で読み終わらせたい、はっきり言ってしまうともう倦ているよ、ドストエフスキー

 

 PS。ちゃんと書いておこう、明日から絶対にウォーキングを始めます。iPhoneが万歩計アプリをプリインストールしているし、何より身体を動かした方がいいと思うので。書いておかないとね、億劫だとか言って結局やらなかったりするから。往復40分か1時間か、それくらいを競歩のような形で歩く。場所は利根川沿いのサイクリングロード。

 

2016/06/05 安田記念の買い目

競馬

 競馬の話に入る前にアニメのキズナイーバーについてちょっと。こう、悪くはないと思うんだけど、幼少期に非合法な実験施設にいた少年少女という設定って結構あるでしょう? すぐ思いついたのが「残響のテロル」なんだけどもっといっぱいあるね、ありふれた設定といえる。

 そんでもってそこに「あの夏で待ってる」(別におねティーでも構わないが)のような青春要素を加えた群像劇にしてある。1クール2クールが当たり前になってしまった短期間消費推奨の深夜アニメ界において、テンプレート的な設定の詰め合わせになってしまうのはしようがない事で、要は味付けの如何によって良し悪し決まるんだろう。だがこれをTRIGGERがやる必要あったか、という気はしている。

 もうあと4話くらいで終わるだろうからまだまだ化ける可能性は残っているが。今期はそういうどっかで見たぞという設定ながら作りは安定しているというアニメが多い気がする。

 

 予想とPATで買うのが終わった。午前05:08に。二場開催なのにそれなり時間がかかった。今週から4歳馬の収得賞金の半減によるクラス編成で降級馬たくさんいるから、考えなきゃいけない事が多くなったからなんだろうな。加えて全部3歳以上のレースになるから3歳馬が軽めの斤量で混じってくるし。

 

 土曜は2つレース買った。一つはもちろん鳴尾記念で、サトノノブレス(川田)を軸にしていて、3着のプランスペスカ(幸)が抜けた、この馬ブービー人気だ。買える要素を強引に見つけるとすると前走オープン特別では都大路S組が良い、くらいなもので、そこで着順が3着以内とかだったら少し考えたろうけどさ、これは中々買えないでしょ。

 個人的に川田とは相性良くて、軸にするとしっかり3着以内に持ってきてくれるんだが、ヒモが抜けちゃう事が多い。それでもA-PATで騎手別成績見ると川田で115%の回収率だから儲けさせてもらっている。

 それともう一つは土曜東京の4R、障害オープン。なんでやっていうと、ネット会員電話会員、PATで競馬やっている人間を対象にしたオッズマスターズグランプリ2016っちゅうのが始まって、今回はストリートファイターJRAが何故かコラボしている。賞品もストファイグッズ的なのが多い、どうでもいいんだけど。それでライバル対決というのがあって、最初の週の今週は昇竜拳で有名なケンが相手で、東京4R障害OP当てたら私の勝ち、というのがあったの。で、こっちが的中してしまった。ケンさんに勝ったという事になるんだろう、ポイントボーナスとかつくのかな、全然ルール説明読んでないから知らんのだが。

 3連複35.6倍。ということで土曜は3000円使って3560円返ってきて日曜を迎える事になった。

 

 8つのレースを買う。当初、芝レースは安田記念だけにしてあとはいつも通り500万条件以上のダート戦でいいやでやろうとしたら計7レースになってて何か寂しいなと思ったので東京芝2000mのホンコンJCTも買うことにした。依存症だ、買うレースが1つ削れるならそれでええがなと思ってもやりたくなるんだから。

 

 さて安田記念。モーリスを恐れて12頭しか集まらなかった。これってタイキシャトルがフランスのマイルGIであるジャック・ル・マロワ賞勝って凱旋したマイルCSと似たような状況なのではないか。モーリスの負ける姿が想像できない。

 塩っぱい配当になるだろうから儲けるよりモーリスを讃えるレースでいいだろう。リアルスティールすら脇役感がある。こっちだってドバイ勝って凱旋してきているのに。

 

安田記念 3連複1頭軸流し相手6頭の15点。

リアルスティールとの二頭軸も考えたがリアルはマイラーではないだろう。こなせるかもってだけで。

◎8モーリス
△1クラレント
△2ダノンシャーク
△7サトノアラジン
△9イスラボニータ
△10フィエロ
△11リアルスティール

 

GOOD LUCK!

2016/06/04

雑記 文学

 ブログ改造楽しい。3時間くらいいじくりまわしていた。それはさておき。


 まだ私が映画を見られた時期の中でも、イージーライダーはもうすんごく掛け値なしに良い映画だった。映画から離れて5年以上になるが、当時のアメリカ社会、特にアメリカ南部の性格とヒッピーへの態度扱い等、予備知識があればさらに面白くなった。使用された楽曲も素晴らしいのであった。確か私は中学生の時に初めて見たかな、ダビングされたVHSで。
 楽曲としては有名所ではステッペンウルフ(ヘッセの小説、荒野のおおかみから)のBorn to Be Wild(邦題、ワイルドで行こう)だろう。

 しかし私の頭に強く残ったのは『The Weight (Take a load off Annie_Fanny)』the bandの方だった。特に二十歳前後になってからこれはどういう歌なんだ、徹底的に調べたいと思うようになった。
 イージーライダーに使用されるにあたって何かしら権利上の問題があったとかなんとかで影武者バンド(smith)が代打をやるという形をとられた。

 

イージーライダー使用部分 歌詞の1番くらいしか使われてない


Smith - The Weight (EASY RIDER)

編集なしの完全版


The Weight - The Band (lyrics)

 

こういう歌詞なのだ。意味深にもほどがある歌詞になっている。

A c#m d a
I pulled into nazareth, was feelin' about half past dead;
C#m d a
I just need some place where i can lay my head.
C#m d a
"hey, mister, can you tell me where a man might find a bed?"
C#m d a
He just grinned and shook my hand, and "no!", was all he said.


(chorus:)
A e d a e d
Take a load off fanny, take a load for free;
A e d a d
Take a load off fanny, and (and) (and) you can put the load right on me.

A e d a d

I picked up my bag, i went lookin' for a place to hide;
When i saw carmen and the devil walkin' side by side.
I said, "hey, carmen, come on, let's go downtown."
She said, "i gotta go, but m'friend can stick around."

(chorus)

Go down, miss moses, there's nothin' you can say
It's just ol' luke, and luke's waitin' on the judgement day.
"well, luke, my friend, what about young anna lee?"
He said, "do me a favor, son, woncha stay an' keep anna lee company?"

(chorus)

Crazy chester followed me, and he caught me in the fog.
He said, "i will fix your rack, if you'll take jack, my dog."
I said, "wait a minute, chester, you know i'm a peaceful man."
He said, "that's okay, boy, won't you feed him when you can."

(chorus)

Catch a cannon ball now, t'take me down the line
My bag is sinkin' low and i do believe it's time.
To get back to miss fanny, you know she's the only one.
Who sent me here with her regards for everyone.

(chorus)

私はナザレへやって来た
もう半分死んだ状態で
横になれる場所が必要だ
「すいませんがどこか泊まれるところ知りませんか」
男に聞くと彼はにやっと笑い頭を振った
「知るもんか」ただそれだけ。

 ファニー, 荷物をおろしなさい
 自由の身になりなさい
 ファニー, 荷物をおろしなさい
 私にその荷をよこしなさい

私はカバンを持って隠れる場所を探した
カルメンと悪魔が連れ立って歩いているのを見たとき私は言った
「ねえカルメン, さあ街へ行こう」
「行きたいけど, この人が私につきまとうのよ」と彼女は言った

 ファニー, 荷物をおろしなさい
 自由の身になりなさい
 ファニー, 荷物をおろしなさい
 私にその荷をよこしなさい

君の負けだ,モーゼス, 弁解できることなどありはしない
ルークのじいさんが最後の審判を待っている
「おい,ルーク, アンナ・リーはどうだ」
「後生だからここにいてアンナ・リーと付き合ってくれないか」と彼は言った

狂ったチェスターが私の後を追ってきて霧の中で私を捕まえた
「私の犬のジャックを連れていってくれるならおまえの苦しみを拭い去ってやろう」
ちょっと待てチェスター, 私はいざこざは嫌いなんだ」と私は言った
すると彼は言った「いいだろう, じゃあできればこいつにえさをやってくれないか」と

 ファニー, 荷物をおろしなさい
 自由の身になりなさい
 ファニー, 荷物をおろしなさい
 私にその荷をよこしなさい

帰路に向かうように急行列車に乗る
私のカバンはずっしり重い
ファニーのところへ戻るときが来たとしか思えない
みんなに会わせるために私をここによこしたあの女のもとへ

 ファニー, 荷物をおろしなさい
 自由の身になりなさい
 ファニー, 荷物をおろしなさい
 私にその荷をよこしなさい

___
 これはネット上で調べると、早大生がレポートを書いていた、みたいな形跡があったり、他にも考察サイトがちらほらあるんだけど、なんというかな、ネットの文章を信頼したくないしソースにもしたくない、というか引用参考の文献にしたくない。省庁のウェブページで公開している最新の統計データなどは論文に使えるだろうし抵抗もないが。
 こうガッツリ、ムック本でいいから考察された本はないのかなと思って探している、the bandのThe Weightをね。
 なんか、この歌詞、創作の種になりそうじゃないですか。大江健三郎がブレイクの詩集に触発されたんなら私はThe Weightに触発されたい、という感じ。不思議な魅力があるのね、意味ありげな難解さにわけもなく惹かれている厨二病の名残りかもしれないんだが。


 慢性疾患の難しく辛い所が改めてわかった気がするここ一週間。たいていの人間は風邪とか、インフルエンザとか、ちょっとこじらせて肺炎とか、まあそんなもんだと思うし、老人ならまだしも若いなら治療されれば治るでしょ。抗生物質などで。私のはそうじゃない、死ぬまで飲まねばならぬ。その薬に耐性ができてしまったりするから、一生同じ薬でよいわけじゃないんだな、と。ロヒプノールが思ったほど効いてくれないからこんな事書いているんだけど病的な不眠症が併発してるんかな。
 ロヒプノールサイレースって(どっちも主成分は同じ)アメリカで麻薬指定されているはず。カート・コバーンがショットガンで自分の頭ふっ飛ばしたのも、ロヒプノール+アルコールのちゃんぽんが原因だから。ガツンと効いてくれないと困るというか、効かない私は何者なの? って気がして途方に暮れる。シャブやってもハッシシやってもLSDやっても効かないんじゃないかな、処方箋としてのメジャートランキライザーなど向精神薬に慣れすぎているし。
 たまにですね、精神科に通院中の人なら見た事あると思うが、受付で処方箋だけもらってさっさとクリニックを帰っていく人いるでしょう。原則、医師の診察が必要なはずなんだけど、奴らはどんな裏ワザ使っているのか……。まあでも私の場合、まだまだ調整が必要そうだから医者と話しながらやっていくべきなんだろうけども。
 仮眠ができなくなったのが大きい、辛い。ずっと起きていると疲れる。病を抱えて生きていくってこういう事なのよね、清志郎風に言うと、やってられねえぜ。


 さあ、阪神競馬場が始まるぞ。今週こそ安田記念があるが、その次からマーメイドSとかエプソムカップとかユニコーンSとか、その辺で我慢して宝塚記念を待つのよな。焦らしプレイだ。
 鳴尾記念は難しい。ただの新潟競馬専用馬なだけかもしれないパッションダンスだが、先行する馬なので開幕週の阪神だし、条件は向いているのね。しかしながら前でも競馬できるし屋根が川田のサトノノブレスでいいんかな。軸を固めで相手に中穴くらいがちょうどよいか。
 もう少し考える。

2016/06/03 高崎競馬場のエッセイ(8年前執筆)

文学 競馬

 さんざんテレビが見られないよ、怖いんだよと言っておきながら多少の例外はあると言ったがその例外が火野正平のやっている日本縦断こころ旅、である。あれは多くの人にとってどうでもよい変哲のない場所だが、その人にとっては格別思い出深い場所、心の風景へゆく、というコンセプトである。
 私の心の風景はなんだろうか、と思った。嫌な事をされた場所は鮮明に覚えている。理不尽な理由で親父にぶん殴られたとか。それは心の風景ではないので(恨みの風景かな)、もうちょっと考えてみると利根川の河川敷か高崎競馬場だろうと思い至った。
 その昔、習作として本当にヘタクソなんだけど高崎競馬のエッセイを書いた事がある。文芸サークルにいて、文芸同人誌掲載ページ数を割り当てられていながら、ネタが思いつかなかったので12時間で書き飛ばしたもの、だったはず、私の記憶が正しければ。

 原稿用紙14枚、5059文字である。中上健次が「破壊せよ、とアイラーは言った」だったか何かのエッセイ集で高校時代の習作を載せていた。それに倣って私もあのヘタクソなエッセイを載せてみよう。読んでいると恥ずかしくなってくるが、こういうのは今の私が手を加えちゃいかんので一切推敲なし。こんなヘタクソなのを書いて一生懸命創作の勉強をしていたのだ。

以下に本文。

 


「さらば高崎競馬

 私の生まれは群馬県前橋市である。北に福島県新潟県、南に埼玉県、東に栃木県、西に長野県と接している。そして関東地方に属している。
 県内には利根川が流れ、山々が聳え立つ。多くの田や畑が拡がり、私の実家の廻りも大きな田圃がある。六月を過ぎると田に水が張る、稲を植える。実家の自室から眺められる田園風景を私は今も愛している。
地方ゆえの平べったい大型店舗が目立ち、高い建物がそうそうないせいもあって、空がよく見える。広々としている。東京から実家に帰るとよくそのことを実感する。
 群馬と言えば、みなさんは何を思い浮かべるだろうか。草津伊香保の温泉か、焼き饅頭か、尾瀬の自然か、嬬恋のキャベツか。文学に精通しているみなさんなら萩原朔太郎の生まれ故郷だと思い浮かべるかもしれない。しかし、それらとは別の側面を群馬県は持つ。それはギャンブルの県だということだ。
 パチンコ店はいたるところに在り、前橋競輪、桐生競艇、伊勢崎オート、そして高崎競馬がある。実に公営ギャンブルの全てが揃った格好だ。私は中でも高崎競馬を好んだ。

 私が小学四年生ごろであったか、テレビで『みどりのマキバオー』という競馬アニメがやっていた。それを一話も欠かさず見た。夢中で見ていた。その頃から私は競馬に興味を持ち始めていたような記憶がある。
その翌年だったか、新聞のテレビ番組欄を見ていて、午後三時にフジテレビで競馬中継番組が組まれていたのを発見した。小学五年生の私は何とはなしにチャンネルを合わせそれを見たのである。
スペシャルウィークのダービーだった。今調べてみると九八年のことである。はや十年、時間の経つのは早い。東京競馬場の溢れんばかりの観衆、美しい体躯のサラブレットら、それの走る姿の優雅さ、レースの熱狂ぶり。私は一気に競馬にのめり込んだ。
 それからというもの、毎週土日の午後は競馬番組を見て過した。GⅠの時には友人からの遊びの誘いを断ってでも、見た。サイレンススズカが死に、テイエムオペラオーメイショウドトウの時代になり、いわゆるテロ馬券のマンハッタンカフェアメリカンボス有馬記念など、今でも鮮明に思い出せる。
 高校生になって、私の行動範囲も拡がった。それまで前橋市内を出たことなどほとんどなかったのが、高崎市などに出向いて遊びに行くこともしばしばになった。もちろんその頃でも競馬は欠かさず見ていた。
 学習塾で知り合った友人にKがいた。背格好は私よりちょっぴり小さいものの、物事に対し大胆、というのが私のKに対する印象だった。Kも大の競馬好きであった。それで私達は意気投合し、今まで見てきた競馬を熱く語り合った。
彼はもう高崎競馬場で馬券を買っているという。私は随分驚いたものだ。
「そういうのってバレないの?」と私が訊く。
「バレないよ。ていうか煙草も酒もやってるくせに妙にビビるね」とKはからかうように言う。「いや別にビビってるわけじゃないよ?」と虚勢を張った。正直ビビッていた。
煙草も酒も、自宅で隠れてコソコソやっているに過ぎなかったのである。制服には当然煙草の香りが移って教師になじられたが、現物を持っていなかったので何のお咎めもなしだった。証拠がなければ教師は手を出せないのである。
 しかし競馬場で馬券を買うのは、そうコソコソとやるというわけにはいかない。オープンにやらなければならないのだ。十月の初め、私はKに連れられて自転車で高崎競馬場に向かった。期待・喜び半分、不安・恐れ半分の心模様で。
 高崎競馬場に着いた。レース開催中なので、入場料として百円を払った。地方競馬場だから建物など古いのだが私には新鮮に写った。
「ここが競馬場かあ」と目をキラキラさせていたに違いない。おじさんやじいさんが競馬新聞を手に持ち幾人も私達の前を通り過ぎていく。レーシングプログラムを手に取り場内を進んだ。
 一周一二〇〇メートル、直線三〇〇メートルの小さなコースである。それでも何もかも初めての私には「わあ、広いなあ」と思ったものである。スタンド席の上の方に私達は座った。競馬場の向こうには小山が連なり、右手には高崎観音が見えた。
 ちょうどコース上ではゲートが用意され、十頭ほどの馬達が集まっていた。馬達は大人しくゲートに収まり安っぽいファンファーレのあとに、レースが始まった。ドドドドドドという馬達の蹄の音。直線での攻防。騎手は懸命に馬を追って鞭を振るう。あちこちで怒声や罵声が響き渡っている。私は興奮しきって鼻の穴を大きくしながら観戦していた。
「生で見ると違うでしょ?」とKが言う。私は激しく首を縦に振った。この興奮をどう伝えていいのやらわからず言葉が発せられなかった。
 高崎競馬の一レースを観戦し終えた私達は馬券発売場の建物に入った。その頃、高崎競馬は経営的に苦しんでいて、メインレースのみ中央競馬の場外馬券発売も扱っていた。そう、その日は中央競馬のGⅠの日だったのである。二〇〇三年の十月、第三十七回スプリンターズステークスの日だったのだ。私はKに教えられつつマークシートを書き、ビリーヴとデュランダルのワイド馬券に三百円ほど賭けた。
 粘るビリーヴをデュランダルが恐ろしいほどの末脚を使って差し切った物凄いレースだった。初めて馬券を買ったレースなので本当によく覚えている。馬券が当たった事以上に、その鮮やかな勝ちっぷりに感動した。配当金は千円ほどだったように思う。
 その日から、毎週日曜日はKと一緒に高崎競馬場に通った。
 主目的は中央競馬の重賞レースで、高崎競馬はその合間にやるという感じだった。行き慣れてきてわかってきたのだが、経営に苦しんでいるというのにも納得できるような気がした。
中央競馬場外馬券発売所には人がひしめきあっているが、一方で、高崎競馬の方はというとがらんとしている。スタンド席も空席があまりに目立つ。私もそんな高崎競馬自体にはあまり興味が持てずにいた。それよりも華やかな中央競馬の方にどうしても目が行った。
 高崎競馬では水野貴史騎手がいつでも一番人気で、そして勝っていた。勝って当たり前のように勝った。オッズが単勝で一倍台がしょっちゅうであった。私とKは水野騎手を「高崎の武豊」と勝手に呼んでいた。
 高崎競馬には全国でも珍しく女性騎手がいた。赤見千尋騎手である。中々に美人で、固定ファンがおり、赤見騎手がコース上に現れると、「あかみちゃーん!」とみな一斉に叫ぶのである。その様子はとてもおかしく、私達はクスクス笑ったものだ。

 高崎競馬は隣県の栃木県の宇都宮競馬、足利競馬ともに北関東競馬と呼ばれた。しかし足利競馬は二〇〇三年の三月には既に閉鎖されていた。
 高崎競馬や宇都宮競馬にも閉鎖の危機は刻一刻と近づいてきていたらしい。翌年の二〇〇四年、その年限りでの高崎競馬の閉鎖が表明された。宇都宮競馬は二〇〇五年三月に閉鎖するとのことだった。
 すると、当時はまだ人気者というか何というか、まだ勢いのあったライブドア堀江貴文高崎競馬を買うと言い出した。私達は期待したが、結局、県と話し合いがつかずに終わってしまったようであった。とんだ肩透かしであった。
 いよいよ終末は近づく。私達は以前より積極的に高崎競馬の馬券を買った。あのコースでは逃げ先行の圧倒的有利で、差し追い込みなど滅多に届かないから馬券を的中させるのは簡単だった。ゆえに配当も少ない方であった。それでも私達は、滅びゆくものにひきつけられるように馬券を買った。ここに来てようやっと、高崎競馬に愛着が湧いてきてしまったのである。
高崎駅前などで、ファンや関係者などが、高崎競馬存続への署名を訴えていたが、どうやら無駄に終わってしまったらしい。

 二〇〇四年、十二月三十一日。一週間ほど前のゼンノロブロイ有馬記念で、三連複馬券を見事的中させた私は重い財布をコートのポケットに入れ、Kとともに高崎競馬場へ向かった。今日で高崎競馬は終わるのである。メインレースの高崎大賞典を含む十二レースが組まれていた。
 この日は異常に寒かった。天気予報は雪だった。道中で雪がもうちらちらと舞い始めていた。
「雪でも競馬はやるのかね?」、そう私はKに訊いた。
「ううむ……」とKは唸っただけであった。
そして高崎競馬場に着いた。着いたころには本格的に雪が降っていた。あたり一面銀景色。私達は第一レースからいたのであったが、時間が過ぎるとともに雪の降り方はひどくなった。普段茶色いダートコースも真っ白になってしまう。ダートコースを整備する特殊な車が、ゆっくりコースを一周すると茶色に戻るがすぐに白く戻ってしまう。
 雪はどんどん降る。それでもレースは続けられたが、近くにいた鼻を赤くしてワンカップ酒を呑んでいるじいさんがぼそっと呟く。
「こりゃあ、そろそろ中止になっちまうかもなあ、大丈夫かなあ……」
 その心配ももっともであった。風があったなら吹雪になるであろうほど、雪の勢いは凄まじい。
私達はゴール前のスタンド席にいたのだが、第四コーナーを馬達が周っても一向に姿が見えない。ただしんと静かな彼方から蹄の音だけは聞こえてくる。残り一〇〇メートルくらいになってやっと馬達が見え始めるといった具合なのである。
「頼む、ああ、今日は神様を信じる、どうかメインレースまでもってくれ、雪よ、もう降ってくれるな」とかじかむ手をホット缶コーヒーで暖めながら祈った。私の祈りもむなしく、雪はさらに勢いを増す――。
 第八レースは何と赤見騎手が勝った。そして無常にもそのアナウンスは響いたのである。
「積雪のため、第八レースをもちまして中止とさせていただきます……云々」
高崎競馬の歴史の最後を赤見騎手が飾った。例の「あかみちゃーん!」が方々から聞こえる。この時ばかりは私もKも笑わなかった。むしろ一緒に叫びだした。
「あかみちゃーん! おめでとう!」

 その後、簡単なセレモニーか何かが催されたようであるが、私達は自転車で来たので、すぐさま帰った。帰るのにとても苦労した。雪のせいで自転車が一向に進まない。私のカーキ色のコートも真っ白になってしまった。普段なら三十分ほどの道のりを一時間近くかかってようやくそれぞれの家に辿り着いた。
 雪まみれの私を見て母は
「どうしたねえ、その格好は。あんた八甲田山にでも行って行進してきたのかい?」とからかわれた。
濡れた服を脱ぎ捨て乾いた物に着替え電気炬燵に潜り込みながら私は考えていた、今日のことについて。高崎競馬八十年の歴史は雪で以てして閉じられた。何もかもを真っ白にして高崎競馬は終わったのであった――。

 その後、何故だかわからないが、二〇〇五年の三月からNHKの朝の連続テレビ小説で『ファイト』というドラマがやった。舞台は群馬の高崎で、しかも競馬のドラマであった。これを二〇〇四年に放送してくれていれば、高崎駅前での署名活動にも大きく影響したかもしれないのになあ、と思いながら見ていた。
 高崎競馬場の跡地を「ザスパ草津」(群馬のサッカーチーム)用にサッカーコートにするという噂が一時飛び交ったが、「日本レーシングサービス」という会社が業務を引き継ぎ、名前を『BAOO高崎』と改め、中央競馬全レース及び全国の地方競馬の場外馬券発売場として生まれ変わった。
皮肉なことに、中央競馬全レースを取り扱ったことで、客はぐんと増えた。週末はとても賑やかである。
「高崎の武豊」こと、水野騎手はその後、浦和競馬に転じたらしい。高崎競馬時代のように勝って当たり前という具合にはなっていないが頑張っているようである。
高崎の女性騎手、赤見騎手は現在騎手を引退し、UHF放送局(テレビ埼玉テレビ神奈川千葉テレビ群馬テレビとちぎテレビ)で放送されている『中央競馬ワイド中継』という番組でリポーターを務めている。やはり中々の美人である。
 そして高崎競馬のダートコースは、コースの形は残した上で、しかしコンクリートで固められ白線が引かれ、駐車場として利用されることになった。コース形態がそのまま残されたのは嬉しいのだが、そこを自動車がのろのろと走っているのを見ると何ともやるせない気持ちになってくる。ダービーや春秋の天皇賞のときなどは、かつてのコース上に車がびっしりであった。
 しかし私はいつまでも覚えている。決して忘れたりはしない。かつて、高崎競馬なるものが存在し、今は駐車場になったダートコースを、力強く、蹄の音を響かせて走る馬達がいたことを。そしてあの最後の大雪の日のことも。(了)

2016/06/02

雑記 統合失調症陰性症状

 ここ一週間から10日間ほど、睡眠の方がよろしくなかった。この話はしていないはず。睡眠導入剤は超早期型のもの、プラスして中期型のもの、の併用でぐっすり眠れていた。しかしこれが効かなくなったんだろうか、薬で寝つけはするものの2,3時間で起きてしまう、中途覚醒や早期覚醒に悩んでいた。それで、昨日が医者の予約日だったので長期型のロヒプノールサイレース)のジェネリックであるフルニトラゼパムをもらった。就寝する際に早速試した。さぞかしぐっすり眠れるだろうと思ったら5時間しか眠れなかった。
 実はこのロヒプノールは東京にいた時に一時期飲んでいて、あんまりにも寝すぎてしまうということで半年くらいで服用をやめた。その記憶があったからいっぱい眠れると思ったのだけど、うーん。疲れがとれない。

 

 そんなこんなで何処に勤めているわけでもないのに朝7時くらいに起きてしまっていたので居間に降りて母と適当に世間話をしていた。
 我が家は血縁関係の人間たちとの付き合いをとことん嫌う。これが片親だけそうならままあるケースだろうけど父母両方ときている。私も弟も、父方母方双方の親戚に会った事がない。顔も名前も知らない。両親が会わせないのだ、縁を切っているから。祖父母までは付き合いが昔あったのだが、母の方はついに自分の親とも縁を切ってしまった、10年ほど前。
 祖父母は人間という生き物なので当然歳をとっていくわけで、いつか死ぬ。死んだ時には相続があるはずだ。まあ、その時がきたら法律の専門家を雇って任せようといつも言っている。葬式さえも行く気がない、と。これは私ではなく母の言葉。
 しかしだ、母方の、私からすれば祖父が、私の3歳の時に死んでいる。人が死んだら相続の話になるのだが、そういえば一円ももらってないし、そもそも相続の話なんて一つもしなかった、という。これはおかしいんじゃないかと雲行きが怪しくなってきた。

 

 母方の実家の家族構成は父母と子供には姉妹がある。分与するなら母(私の祖母)が1/2、姉(私の母)と妹(私の叔母)には1/4ずつ、これが原則だったはず。相続するような金なんてなかったんだろう、と言ってきたが、死亡保険は? と訊いた。私だけもう疑心暗鬼である。調べてすぐにわかった事だが死亡保険は受取人がもらうもので遺産にはならないらしい。じゃあ土地は? 私の祖父名義である。祖父の車だって相続だろう。銀行にいくつ口座を持っていて、どれだけ金があったかもわかっていない。

 

 金なんかあるはずない、と母が決めつけて言うのはわけがある。貧乏だったからだ。戦前の学制だから祖父母は小学校までしか出ていないし、祖父は自転車工だし(自動車ではない、自転車である)、その稼ぎじゃ足りないので祖母は内職をしていた。長屋住まいが長く続いたと聞いている(江戸時代の話じゃなくて昭和の高度経済成長期の話。長屋はまだあったらしい)。

 

 妹(私の叔母)は、他家に嫁ぐ事に失敗し実家にて祖母と暮らしている。姉(私の母)だけ戸籍から出た格好だ。親一人が死んで実子に1円も入ってこないのはどう考えてもおかしいだろう、となった。
 お金の話になると、人間はつんけんしてくる。半ば喧嘩みたいな感じになって、あんただけ家から出たのだからのけ者にされて、一杯食わされたというか騙されたんじゃないかと話が進んで、もうこの辺でよさないかと言われやめた。
 骨肉の争いという奴だが貰えるものは貰わないと。遠慮したら負け、というのが世の中だ。私の祖母は80いくつである(年齢すらはっきりとは知らない)。この先10年以内には死ぬだろう。死ぬのは構わない、なんとも思わない、もう付き合いがないし。その祖母が死んだ時になったら何かがわかってくるのかもしれない、きっと争いごとになるんだろうが。どうにも私にはイカサマをされたとしか思えないのだ。


 白痴は下巻へ進んだ。ドストエフスキーの五大長篇のうち、未成年と白痴が未読で残っていて、今、その白痴を読んでいるのだが、未成年がどんなものだかわからないが、悪霊・罪と罰カラマーゾフの兄弟と比べて、白痴はどうも出来が悪いと思えてしまう。
 読まず嫌いはしたくないので最後まで読むけど、白痴は他人にはすすめられない、今の所は。

2015/06/01 陰性症状の意欲減退(興味関心の喪失)

統合失調症陰性症状

 柳田國男の「笑の本願」を援用してどうのこうのと言ったが、まあ3年くらい前に読んだものだから細かい所は記憶違いしている可能性がある。

 人間の〈笑う〉行為は、攻撃であった、と説く。戦いのあった後、勝者と敗者に分かれるが、ここで笑うのはどちらなのかというと、むろん勝者である。勝者が敗者を見降ろして、見下して口をガバッと開け破顔して〈笑う〉のである。これが〈笑い〉の原型だ。

 〈笑い〉とは攻撃である、という意味はそこにある。他人に笑われるような事はするな、なぞ、様々な人間がしつけの際にセットで言われたと思うが、馬鹿にされないようにする事、敗者側に回らないようにという遠回しの意味がある(後者の理由は普通の両親はほぼ知らんだろうが)。
 敗者の側からするとどうなるか。他人から〈笑われる〉という仕置は、耐え難い屈辱である。恥の文化の国と呼ばれる日本において、いの一番に回避せねばならないのが、この〈笑われる〉ことである。柳田國男の「笑の本願」はさらに読み進めると、民衆のガス抜きとしての道化――〈笑われる〉装置――が定番の話として村の中に作らていったと説き、室町時代辺りからは笑われる事を職業にする下賤の者が現れ出し……という風に続く。

 

 もうこの辺にして私の話に移る。今日、1ヶ月に1回通院している精神科へ行って、医者と話しながら何でこうなったのかと振り返り考えていた。
 私はお笑い番組が見られなくなってしまった。他人が笑っている顔を見ると恐怖で身体が硬直してしまう。他人の笑顔がとても怖い。そう、笑顔というものは元来怖れるものである。
 そして何より、テレビから笑い声が聞こえてくると発狂する。スタッフが笑い声をわざと入れていたり、あるいはバカ殿など開き直ってテープ録音丸出しのサクラ的な笑い声を挿入してくるがあれが本当にダメ。私が笑われていると脳みそが錯覚する。何回かその場で嘔吐した事がある。今でこそ吐いたりはしないが、無意識に耳を手で抑えていたりする。
 これは私の統合失調症陽性症状の名残りだろう。幻聴は私を馬鹿にしていた。馬鹿にして笑っていた。

 この事からバラエティー番組が一切視聴できなくなった。


 主に陰性症状を中心とした3年前の再発では、そこに加えて強力な〈意欲減退〉が襲ってきた。
 〈意欲減退〉とは何か、と問われると読んで字のごとくですよ、という答え方が正解なのだが具体例を挙げないと感覚的にわかってもらえない気がする。意欲、すなわち興味と関心を含む能動性が著しく制限されるか、全く失くなる。
 テレビや小説、漫画、果ては衛生管理における、入浴や部屋の掃除、服のオシャレにも気を向ける事ができなくなってしまう。(障害年金申請書にはこの衛生管理が一人でできるかどうかというチェック項目がかなりの割合を占めている)。
 私の場合、服はまだ好きだが、入浴、風呂に入るのが非常に苦痛だ。もう本当にどうしても入りたくなくて、ひどい時は2週間風呂に入れなかった。いい加減に風呂入れシャワーだけでもよいと親に言われた際、風呂に入るくらいだったら自殺する、と私は本気で答えた。今はやや回復してきて2日に1回はなんとか入れるようになった。歯磨きはまだ毎日できない。掃除もむろんできない。


 テレビに関しても今はニュース番組と深夜アニメ、中継もの(国会、競馬くらいだが)しか見られない。それ以外のジャンルで見ているものはとても少ない。見ていない、見たくない、のではなくて〈見ることが不可能〉である。
 その中継ものでも、私は野球ファンだから野球中継は好きだった。今の時代は民放の地上波から退いてNHK含むBSの方でやっているが、その野球もいつしか興味を失い見なくなってしまった。

 

 映画も食べ物も興味関心がない、と何日か前にこの日誌で書いたが、最大の原因は悪化の一途をたどった陰性症状であった。それで、お笑い番組が笑い声のせいで一切見れなくなったのと並行して、そういうバラエティー番組含め、わざと何かを演じる、つまりフィクション=嘘っぱちを生の人間が演じているという光景が私には恐怖の対象になった。恐怖から脱出するためには恐怖の対象物から逃げるしかない。
 つまり一生懸命に、俳優たちが見る側を騙そう騙そうとしている、それが演劇、映画、TVドラマである、そういう認識になる。ここには被害妄想の名残りが入っているのだろうと推測しているが、ともかく芝居全般を見る事ができなくなってしまった。
 演技をする俳優たちからは、あるはずがないというかむしろ逆なはずだと理屈でわかっているが、私の事を騙してやろう、という悪意敵意殺意しか感じられなくなった。気味が悪いし生命の危険がある、という風にしか受け取れないのだ。貞子でもあるまいし、テレビ画面から手が伸びてくるわけでもなかろうに、どうしてこんな発想がこびりついて怖がっているんだか、私だってわからないのだ。これを今日、医者に訊いてみたがやっぱりわからない、と。もう誰にもわからないじゃないか。


 深夜アニメをまだ見られているのは、生身の人間が写っているわけではないからだろう、くらいしか思い浮かばない。けれどこれもいつまで興味を持てていけるか。もしかするとひょっこりひょうたん島は見る事ができるかもしれない。試してはいない。

 

 今の所、私が興味を持てているのは、(1)競馬、(2)小説含む文学、(3)酒、(4)煙草、(5)アニメ、(6)時事ネタ含むニュース。本当にこれぐらいである。この6つに絞られてしまった興味関心物を、もう失わないように積極的に消費し摂取することを続けたい。
 そしてだが、これ以外の事柄に関しては本当に毛ほどもないくらい興味関心が失せてしまった。私の中で喪失した文化的事柄は、残念だがもう一生、私の心を打たないだろう。これらへの興味関心の回復、それに努めるのは精神的疲労が大きくかかる、悪くすれば正気を失い、違う世界へ行ってしまうかもしれない。よってできない。
 こういった意欲減退が最悪まで進んだ時、その人間を形容する言葉は、廃人、である。ベッドで横になり、といって睡眠しているわけでもなく、濁った眼を開いて、口をぽっかり開けて、微動だにせず、呼吸をし胸を膨らませながら、天井の木目か何かを眺めている。そういった状態が私の最終的な行き着く先になる可能性は、怖ろしいことにゼロではない。


 残された興味関心物で何かしら能動的に打って出られるものがあるとするなら小説創作なのである。統合失調症の作家というのは、実は何人かいる。クランチノベルス文学賞の第一回受賞者が統合失調症をカミングアウトしていたはずだ、すぐに読む気はまだないのだが。

 

 本物の病者が、病者として自覚的にものを書くこと、その際、常人とは明らかに異なりかつ劣る部分も包み隠さず全てをオープンにしてやっていく事。これは私の戦略である。もはや短所しかないようなものなのだから、それを長所へ逆転させる以外に方法が見つからないじゃないか、と思えてならない。