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2016/04/26

 匿名でやっているのだし、もし仮に公募の文学賞で通ったとしたらうんと宣伝しようと思っていた事だから今更になって書くのだけど、匂わせた日誌もあったと思うが、私は統合失調症陰性症状で、2013年に精神障害2級になり、去年から障害基礎年金2級を支給されている早すぎる年金暮らしをやっている。競馬の資金は学生時代に稼いだアルバイトからの貯金と文学賞の賞金です、悪しからず。

 発症は、19歳の夏で、ちょうど大学に合格して上京し、一年生の前期を終えようとしている頃だった。で、その時に現れたのは陽性症状の幻聴だったわけである。

 

 横道にそれるが、幻覚の中でも一番多く現れるのが幻聴で、幻視はなかなかない。ノーベル経済学賞? を受賞するレベルにありながら統合失調症に惑わされた人(名前が出てこない)が、映画にもなったから有名だろうし、草間彌生なども幻視があったと言っているが実際のところは、幻視を体験したとはなかなか聞かないのだ。ちなみに幻覚と書く場合は幻の五感の意が正しいので、種類を挙げると幻視、幻聴、幻嗅、幻触、幻味というのがある。ここに種々の妄想(誇大妄想、被害妄想、関係妄想など)もあって、幻覚と妄想のダブルセットのエピソードでほぼ間違いなく統合失調症と認定される。

 ――悪い知恵を教えてしまうとこのダブルセットを言えば確実に診断が下り直ちにメジャートランキライザーが安い値段で手に入って、中には飲み始めの時期だけだと思うがドラッグ的な多幸感を得られるものもあるから、欲しいなら上のような事を言えばすぐ薬は手に入る、法を犯す必要はない。

 特に幻覚のエピソードなどは、聞いていたら信じられない(故に狂っていると断ぜられるわけだが)話だろう。私の場合は人口密度の低い北関東から都内に出てきたし、受かった所もマンモス大学だったから人の多さに精神がやられた節がある。

 

 どういう幻聴体験だったかというと、例えば駅など雑踏のある所で、おっさんとすれ違うとおっさんの声で、おばさんとすれ違うとおばさんの声で、今自分が気にしている事柄、(例えばニキビだとか髪を切るタイミングを逸してヘアワックスでごまかしの効かないボサボサロン毛だとか)をピンポイントで悪口を言ってくる(気にしている事を他人がピンポイントで指摘できるはずがない、つまり頭の中でうんうん悩んでいる声が外部化してしまうのだろう、幻聴は自分の声なわけだ)。

 それが幻聴だと思えなかったのは耳殻から入って鼓膜の震えとして外から聞こえてきているとしか認知出来なかったことによる。

 つまり幻の感覚であるはずのものが疑念の入り込む隙間なくリアルさを伴って襲来してくる。そう脳みそが感じてしまう状態が病気や障害と判じられる。私の場合、このような恐怖体験に遭遇すると過呼吸になった。それで一人暮らしの部屋から出られなくなったのだが、医者に初めて病状を話す時はパニック障害になった、と言っていた。その時点ですらあの悪口が幻聴だとは思えなかったのである。

 

 例えば違法薬物や、合法でも咳止め薬のコデイン悪用など初めから幻覚体験をしようと思ってトリップするとそれがバットにいっちゃったとしても自覚してやっているわけだからやり続けない限りにおいては病気ではないし、病として訪れた緊張感その他もろもろの気分は体験できない。

 それでこのような総称としての幻覚は、脳内の伝達物質の過剰あるいは過少と特定されているので殊、陽性症状の特効薬はかなり進化していて、メジャートランキライザーの服用で大抵幻覚は収まる。個人的には残りやすいのは妄想の方だと感じる。

 精神科病棟への入院は私は経験がない。精神病院入院と聞くともうこの世の終わりのような気がする人がいるだろうが、実態としては自殺未遂を起こすと病の種類や軽重を問わず任意か、医者の権限で強制入院されるケースが多い。生命を保護するのが医学の最優先だからだ。だから自傷の恐れが軽くなればさっさと退院させられる。だいたい3ヶ月で退院させられて外来かクリニックへの通院に切り替わる。

 

 さて、私の話に戻すと、大学は半期休学してその間に確かに幻聴はなくなった。復学してから何故か1年間、大学にほぼ行かなかったが、翌年から行くようになって結局休学と留年と一年の浪人でプラス3で学部卒業した。その間も薬は飲み続けていたものの、案外社交的に、ダブっているにも拘らずそれを、俺は年上だぞといった態度に茶化して語学やゼミで友人を作っていけた。今でもちゃんと付き合いがある。

 このようにほぼ治ったかに見える状態を寛解という。統合失調症に根治完治という概念は基本的にない。常に再発のリスクを背負うので死ぬまで薬を飲み続けなければならない。

 それでもってして、私の再発は大学院に進学してしまってから起きた。仮に就活して一般人枠の社会人になっても再発したろうと思うが、とにかく大学院に入るとグッと学生(院生)の数が減って人付き合いが密になる。こういう密な人間関係にどうも適用できないらしく、加えて派閥争いや陰口の言い合いで溢れてみな目がギラギラしていて、どの教員の演習には行くなと言われたと思ったら、聴講でいいからあの教員には顔を売っておけなどと明文化されない秘密情報が行き交うという、そんな事ばっかりで、立ち位置を間違えるとエライ事になってしまいそうな、嫌味な小集団に属す格好になって限界を迎えポーンと再発した。(具体例を言うと中沢●一の講義は何らかのパワーバランスからか毛嫌いされている)

 その再発の際には一時的な被害妄想がメインの陽性症状だったが先述した通り、これには特効薬があって単純に薬の種類を変えたり強さの調節ですぐ治ったが、今度は陰性症状が顔を覗かせてきて今に至る。

 陰性症状の説明は、単極性気分障害の大鬱病抑うつ状態ではなく本物の鬱病の意)から抑鬱を失くした状態という説明がピッタリ来る。意欲がなくなり周囲への興味が薄れ無感動になり、非活動的になって結果的に自閉してしまう。そしてこの陰性症状には特効薬がない。ある意味、陽性症状の特効薬が次々と開発されていっている状況の現代精神医学において、統合失調症陰性症状に移行してからが本番だといって間違いじゃない。

 

 やっと今の話。今日が月一のメンタルクリニック通院日で起こった出来事を適当に話すのだが、この頃どうも頭の中がやかましい、うるさい。何日か前にもこの事は書いたが、勝手に脳みその中で短編映画が連続上映されているのだ。医者曰く、健常者の場合は考えようとして空想が始まるのが普通だが、勝手に空想が始まってしまうのは悪い傾向だと。その内容が自分自身を責めるようになったらいけないから慎重に様子を見てくれという事で帰宅した。

 でも、と思う。要は頭の中がストーリーで溢れかえっているのだ。現に原稿用紙200枚オーバーを想定して作ったプロットが眠っているし、自己治療も兼ねて、このやかましい頭の中の空想達を吐き出す格好で創作したらよいではないかと思えてしまう。

 織田作青春賞や室生犀星文学賞やら北日本文学賞やら、地方文学賞にも手を出しても必ず一次通過は通ったが特に織田作は三次で止まってしまっていたのが、学内コンコールの佳作とはいえ受賞して賞金も貰って表彰も受けてインタビューまでされたので一定の力はあるはずなのだから。

 思いつきのアイディアを拡げて短篇のプロットを作りつつも見直してこれはいかんなとポシャにした事は何回か経験があるが、長篇たりえるものを周到に考えておきながら書くのを一時的にせよ止めた事はないので、そのストレスが今の私に訪れているのではないかなあと思う。

 だからさっさと読まなければと思っているものだけでも読み捨ててしまって書く段階に入りたい。そう、そろそろ浅田彰はよいのだ、読み終えてしまいたい、集中が断絶されるのはこの頃の勝手に始まる空想のせいだったりするのだが四の五の言わずに字面追うだけでもいいから読んでしまえ。読書計画としては逃走論を明日中にも片付けたら、サドの美徳の不幸、ボルヘス岩波文庫で出ていた何らかのエッセイ、ヴォネガットの短篇集、ロバート・クーヴァーのユニヴァーサル野球協会、と消化しドストエフスキーの白痴だ。これで未読の本がほぼなくなる。