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2016/04/28

 久しぶりに機動警察パトレイバー 2 the Movieを見たら、もう一回見直したくなって結局2度見た。つまり4時間潰してしまったわけだが面白すぎて困っちゃう。

 押井守監督作品。企画、原作は押井守伊藤和典、漫画版を展開させるゆうきまさみらで結成されたヘッドギア。メカデザインにカトキハジメなど。SP声優として荒川に竹中直人、柘植に根津甚八パトレイバーとしては、OVAから劇場版へ進展した時間軸に系列する方で、コミック、及びテレビ放映版の時間軸とはやや異なる。

 他人の褌で相撲を取らせたら世界最強の押井守において、ある程度の商業的成功を迫られた前作機動警察パトレイバー the Movieではレイバー同士の戦闘など、最後までレイバーを使うことを嫌がっていた押井守が我慢して作られたものだが、本作はもはやパトレイバーである必要性がないものになっている。その辺り、うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマーGHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊及びイノセンスに顕著だが、もはやいまさらだし、それも良さと言ってしまえばいいし、そうやって自由と解放を与えるとこの人は本当に凄いものを作る、キレキレだ。

 実際、本作のノベライズは押井守が筆を執ってTOKYO WARとして刊行されている(富士見書房文庫の方は現在入手困難か?)。

 あらすじに恐らく著作権の意識は薄いだろうから引用してしまおう、何から何まで説明するより楽だ。

 

粗筋(孫引き)

 1999年、東南アジア某国で、PKO部隊として日本から派遣された陸自レイバー小隊が、戦闘車輌を持つゲリラ部隊と接触、本部からの発砲許可を得られないまま一方的に攻撃を受けて壊滅する。しかし一人の生存者がいた。破壊されたレイバーから脱出した彼がそこで見たのは、異教の神像が見下ろす古代遺跡であった。そして、彼は「彼岸の人」となった。
「方舟」の一件から3年後の2002年冬、かつての特車二課第2小隊の面々は、隊長の後藤と山崎を除いて新しい職場に異動し、それぞれの日々を送っていた。そんなある日、横浜ベイブリッジで爆破事件が起こり、それは自衛隊の戦闘機F-16Jらしき物体から放たれた一発のミサイルによるものであることがテレビによって報道される。そして、これがすべての始まりであった。

――以上。

 

 この後、自衛隊及び政府内閣と警察(警視庁警察庁含む)の対立状態を柘植に煽られる。様々な疑心暗鬼を政府―自衛隊と警視庁に仕掛けていった結果、政府が警視庁を蔑ろにし自衛隊に首都圏治安維持を命ずる。通信をジャミングし混乱に陥れて首都東京に擬似戦勝状態を演出させる――という感じで要は架空戦記なのだけど踊る大捜査線の模範となったという事実通りほぼ現代日本をレイバー以外の全てにおいてそのまま使っているからリアルさという点で対抗作品がほぼ見当たらない。

 

 

 で、これは1993年放映で舞台設定は2002年である。何回か見直し、小説版の方も読んでいるが、その時々の解釈では戦後半世紀を安穏に過ごし平和ボケした日本に擬似戦争状態を仕込んで一発お見舞いする、というある種の痛快作として読んでいた。この受け取り方は浅いとは言え、表面的な解釈としてはまともで誰もが思うことだし押井守の頭にも当然これが第一等にあったろう。

 上記の解釈だけで上書き更新されなければゴチャゴチャ書く必要はないか、と思ったが、これは第2次安倍内閣の宿願であろう集団的自衛権に絡むとやっと気付けた。

 この事に何処まで押井守が意識的だったかわからないが、事の発端は、国連PKO部隊として派遣された陸上自衛隊のキレ者が、ゲリラ戦闘部隊に遭遇し回避撤退不能状態に陥り、交戦やむなしまで追い込まれ、戦闘能力抜群で敵を圧倒しているにも拘らず、やはり鉄砲の弾を撃てず、壊滅するトラウマから始まっている。

 これは今後いつ起こってもおかしくない事だし、起こっていたとしてもおかしくない事だ。自衛隊の存在がおかしいとか、どのような理由であれ海外の戦地に派遣するのがおかしいとか、そんな事など問題ではない。もっというと集団的自衛権の是非すら、考えていくと遠のいていく。

 私はどちらかといえば右だからこういう風に思うのだが、陸海空の自衛隊がただの一度も実戦を経験していないばかりか、敵一人の歩兵すら撃ち倒した事がなく、訓練以外で実弾を発砲した事がないのが問題なのだ。日本は前例主義であってその事を批判するのももはやバカバカしい。岸内閣が安保反対の運動を鎮静するため自衛隊の治安維持出動を防衛庁長官に打診した所きっばり断られた、曰く前例を作ってしまうから。

 硬直した前例主義に苛つく事しきりだが、裏を返せば一発でも、仮にそれが誤射だとしても放たれれば、全てが動き出す。前例が作られる歴史的瞬間だからだ。

 私は別に血の気の多い戦争マニアでもない。集団的自衛権の議論が今後どう推移していくかは知らないが、恐ろしく厳しい限定的な条件を付与されて実質不可能状態になる事は目に見えている。

 そうではなくて、どの国家も全てが保有すると国連が保証している個別的自衛権、さらに限定した日本の専守防衛でも、自衛隊が実弾を発砲できるのか? という事だ。

 海上保安庁に関しては九州南西海域工作船事件にて、北朝鮮工作船との銃撃戦の末、これを撃沈している。確か当時の国交相扇千景が発砲許可をしたはずだがやや記憶が曖昧だ。この人日本版サッチャーかとぶるぶる震えたのを覚えているから確かそうだったと思うんだけど。

 警察官も発砲する、数え上げるのが難しいほど。つまり海保と国内警察組織に発砲の前例があり実質的に戦闘を行えるのはこの二つの組織だけだ。どちらも正当防衛として発砲している。

 前例を持たない自衛隊は今の所、戦闘を行えない。本作の柘植部隊のように、最新鋭の武装をしながら無残に撃ち殺されるしかない。

 本作では、冒頭にこの場面が展開されるのだが、部下が次々と撃破されていく中、柘植自身が敵の戦車に絶望的なバルカンを撃ってしまっているのだが、果たしてなかった事になっているのか、と考えると眠くなってきた。