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2016/06/08 12年前の自由口語詩+iPod壊れた

 日誌、日記というのは、その日あった事考えた事を残しておくHDDなのだけど、今日はちょっと1ヶ月前は何を思っていたかと過去ログを探っていたが、一つ気付いた。

 日にちだけの題名だと振り返る際、非常に難儀する。ランダムに開いたページが何月何日でこういう事を書いていたんだ、という楽しみ方もあるけども、うん、わかりづらいわ。
 ということで凝った題名はつけず簡単なもので良いから題名はつけようと思った。

 

 今日は題名が二つだが、まずはiPodの話から。
 雲行きが怪しく、夕方には雨が振りそうだから早めにウォーキングをしてきちゃおうと思った。お連れはiPodである。何かを聞きながら歩く。そのiPodクラシック80GBを、家から出発する際、手元が狂って本体を固いコンクリの上に落としてしまった。全く動作しなくなった。
 ウォーキングどころではなく、しようがないので家に帰り自室に入って、何とか修理しようといじったが内部データ破損ではなく、本体機能が完全にぶっ壊れていた。iPodクラシック80GBは、確か2010年だか2009年に買ったもの。6年ほど頑張ってくれたなら、まあいいかと機嫌を直して、応急処置をやった。iPhoneiTunesを同期させた。
 6/15に、障害年金の13万円が振り込まれるので、そこでiPodnano16GBを買おうかなという感じ。iPhoneはそれまでの繋ぎ。

 これは人によると思うんだけど携帯通信機器(ガラケーでもスマホでも)についているウォークマン機能はなるべく使いたくない。今だとスマホひとつで通信も音楽も、が主流なのかもしれないが、イヤホンのコード、ぐるぐる巻きにするじゃないですか、それをスマホでやっちゃうと操作できないでしょ、だから携帯通信機器と音楽プレイヤーは別に持っておきたい。いや使い方はわかるよ、音楽聞く時だけイヤホンコード差すんでしょ? でもそれ毎回って億劫じゃないか。

 曲だけで約2100曲、12GB入っていたのでその容量をiPhoneに食わしっぱなしもマズイだろう。iPodnano買ったらスマホの方に同期させた奴は全部消す。

 

 さて、もう一つは散文詩。いや自由口語詩なのか。散文詩っていうとランボーとかツルゲーネフになるんか? とすると自由口語詩か。
 私の創作の原点は自由口語詩だった。2ch詩・ポエム板は十年ほど前までは結構賑やかな板だった。みんな詩を書いていた。そこで私もやっていた。高校1年2年まで、かな。3年生の時に中退して、通信制高校に編入して高卒を得てから大学受験してM大に入ったので。忙しかったし人生でここまでの危機は初めてだ、くらいの窮地で毎日ハードモードだったから精神に余裕がなかった覚えがある。
 その自由口語詩は、何回も現代詩手帖に応募していて、たった1回だけだけど、掲載された事がある。書いていた詩が物語性を帯びていき、これは小説の方が向いていやしないか、という事で小説に移った。
 今でも書けるとは思うけど、どうかな、ここで反復法使うとか直喩ではなく暗喩でとか、一連と三連、二連と四連の冒頭は音の数を揃えるとか、そういう謂わばレトリックの感覚を取り戻すのに時間かかりそう。ずっと詩を書いている人は凄いと思う。私がよく「一文の切れ味を持つ小説家」と形容する作家、たとえば長嶋有ね、あの人も詩じゃないが俳句やってるでしょう。江國香織とかも誘って。だから散文の小説でもアフォリズムがやれるんだろうな。
 坪内、二葉亭以降の作家たち、硯友社文学は措いておいて、自然主義文学になるのか、藤村とか花袋とか、元は詩から始めたように、やはり文量少なめの詩からステップアップで長い物へって意外と伝統あるんじゃないかな。室生犀星は両立しちゃったけど。この頃だと町田康になるのかな。
 今回載せるのは2004年12月26日、私が17歳の時に書いたもの。12月18日が誕生日なので17歳になりたての頃のものである。まだ読める範囲内なはずだ。これ以下のアホみたいなポエムはいっぱいあるが。ちなみにこの詩は、2ch詩・ポエム板有志で作る年間傑作選の一つに選ばれて掲載され、文フリで売られた。


「めがね」

ずっとまえ ぼくはとてもめがよかった
とおくのとおくのほうまで
ぼくはみえていたよ
そこにはないものまで
ぼくはみえていたよ

 

おとうさんとおかあさんはとてもめがわるい
ぶあついめがねをしていた
「おとなはみんなめがわるいんだよ」
ってわらいながらいった

 

ぼくがゆびさすところ
「ほら みえる?」
「ぜんぜんみえないなぁ」
おとうさんとおかあさんは
ぼくのしらないめがねやさんで
めがねをいくつもかえたけど
ついにあきらめてしまったよ


ぼくもたんじょうびのけーきをたべるたびにめがわるくなった
とおくのとおくのほうまでは
まだみえるけど
そこにはないものまでは
みえなくなったよ

 

ぼくはいつのまにか
めがねをかけてた
まだちっちゃくてうすいめがね

 

おとうさんとおかあさんにきいてみた
「めがねをはずさないの?」
「はずすとなんにもみえないんだよ」
「はずすのがとてもこわいの」

 

めがねは
だんだんあつみをまして
ぼくのめは
だんだんみえなくなっていく

 

ねぇ おとうさん おかあさん
めがねをはずして
ぼくをみてよ

 

ぼくがみえる?